「偏見なんてどこかへいっちゃえ
違いを受け入れよう
みんなで一緒にやってみようよ
僕はうまく話せないかもしれないけど
それでも心はみんなと同じはずだよ」


これは今をときめくアイスランドのパンクバンド、Pollapönk(ポーラポンク)の歌『Enga fordóma (邦訳: 偏見はいらない)』のサビ部分を日本語に訳してみたものです。このポーラポンクは、ヨーロッパの各国が代表を送って競い合うユーロビジョン音楽コンテス ト、2014年度のアイスランド代表バンドでした。(ヨーロビジョンは『ダンシングクイーン』など世界的なヒットで著名なABBAを生み出したことでも有 名ですね。)
残念ながら彼らは本選出場26カ国中15位という結果に終わったのですが、この歌はその後も、幼稚園児や小学校低学年の子供たちに好まれて、現在もよく歌われています。

このポーラプンク結成の背景はとてもユニーク。
バンドメンバー4人中2人(アイスランド語で青男子、赤男子)の本職は現役の幼稚園教諭です。彼らが国立アイスランド教育大学で幼児教育を学んでいる際 『幼い子どもたちが歌えるパンク音楽を作ろう!』ということでデュオを結成し、彼らのバンド名ともなる『Pollapönk(邦訳:ちびっこパンク)』というアルバムを2006年にリリースしました。
その後赤男子の兄弟でもあるピンク男子と、他のバンドで演奏していた黄色男子が加わり、現在の形に至りました。ユーロビジョン出場時には、バンドの趣旨に賛同したオレンジ男子、紫男子(本職はなんと政治家!)もバックコーラスで特別参加しています。

形だけではなく、教育現場で日々幼い子どもたちの声を聞き、遊び、共に生活している彼らが作る歌の数々は、アイスランドの幼児たちの心をわしづかみにしています。例えば最初の歌。ぜひリンクのビデオをご覧ください。とても親しみやすいアップテンポな曲ですが、歌詞にはとても深い意味が込められています。これはアイスランドの学校教育に少しずつ浸透しつつある『インクルージョン』の概念に基づくものと思われます。

ユーロビジョン出場用に英語で歌われています。

『インクルージョン』とは、1994年にスペインのサラマンカで開かれた、特別支援教育に関する世界会議で言及されたコンセプトです。Education for all ー つまり、心身の障害を含め、移民や家庭の経済事情に関わらず、全ての人間に教育を受ける権利を認めること、そして、実際そのような同等の教育の場を提供できるようにするというのが、おおまかな趣旨になります。

2011年のアイスランドの学習指導要領おいては、このような『インクルーシブな教育(インクルージョン)』という概念が、はっきりと明記されているほどです。

「太陽系と惑星」をテーマに、子供達がプレゼンテーションを行っている小学校の授業風景

それでは、実際アイスランドの学校では、どんな点がインクルージョンなのでしょうか?

例えば、アイスランドの多くの公立幼稚園や公立小学校では、特別支援学級が設けられておりません。これは、インクルージョンの理念に基づいて、全ての子どもが平等に、同じ環境で学習できるように考慮された結果です。もちろん細やかな支援が必要な子供たちには、教師にアシスタントを付けることで対応しています。また子供たちはそれぞれの学力に応じて、教師と一緒になって週のカリキュラムを組んだりもしています。

親がアイスランド人ではない子どもたちも、アイスランド人と区分なく、地域の幼稚園や学校に受け入れられています。日本の中学校にあたる年齢の子どもた ちには、選択科目が週に何時間が振り分けられます。そのときに、母国の言語を単位の一部として認めてもらうこともできます。これも既制の授業枠やその内容に囚われないで、ルーツの違いを認め、それをポジティブに解釈しながら、現場の教育に取り入れている一例ですね。

また高校や大学も、一部の進学校や医学、法学、理学部を除いた学部以外は、基本的に入試試験がありません。これも違った能力を持つ子供たちを一緒に受け入れようという、アイスランドの教育システムの特色でしょう。

左:「ピンクを着る日」には、男女関係なくピンクでキメます。
右:アイスランドの子どもたちは、平等という概念を歌を通じて体で学びます。

しかし教育現場においてインクルーシブな教育は、完全ではありません。 子供たちの一人一人のニーズと能力に合わせて―という点が、例えば平均よりもできる子供たちに活かされていないのも現状です。ボトムアップに力を入れるあまり、逆にできる子どもたちをさらに伸ばすという教育にまで、教員の目が行き届いていないのです。レイキャヴィークでは2014年、その政府の教育姿勢に不満を思った親たちが、学費を負担しながら、自分たちの意見を反映してもらえる新しい私立の小学校を設立したほどです。 また新興住宅地区の学校では、予算や設備面、教員の配置などにおいて柔軟に対応できる環境にありますが、設立されて長い学校では、変化はあまり歓迎されない風潮があります。特にアイスランドでは、各学校が教員を採用する権限を持っているために、新任で入った先生が定年まで勤務することも決して珍しくありません。そのような長く勤務をした教員たちの伝統的な考え方を変えるのは、なかなか容易なことではないのです。

ポーラプンクのような新しい世代の先生たちが、インクルージョン的な歌を子どもたちと一緒に歌うことで、本当の意味でのインクルーシブな社会をアイスランドで実現できたら、素晴らしいことですね。すべての変化は、各個人の意識から、そして何よりも新しい世代から起こっていくものでしょうから!


(2014年12月 P. + J. Sakamoto 共筆)

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